











2016年2月22日 17時54分撮影~
中学生記録と題しながらも既に中学3年生
子供らしさが残っており2025年現在と比べると
遥かに可愛い( ´∀` )
親に可笑しな冗談を言う事もなく
本当に真直ぐ育っていたと思う…
先代のワンコ(チョコ爺)のリードを引いているのが諒人
となりを歩いているのが啓人現在はどこで何をしているのやら
制服姿、右が諒人
左が行方不明な啓人
サッカーを始めたのは小3だったと思う
それまでは父とともに合気道を習っていた
茶帯まで取ったがサッカーがやりたいと言い出した。
武道だけは嫌だとも言った(父悲しい)
そこで地元のFCそして中学高校までサッカー部に在籍した。
因みに我が家の起床は5時
近所の公園をランニングするのが日課
それは星一徹なみの厳しさで虐待を心配された事もあった。
しかし小6の時には学校の代表となり(長距離)
市内の大会に出場することになった。
期せずして朝のランニングが報われる形となり本人も自信がついたと言っていた。
中学は少し離れた学校を選んだ。選んだ理由はサッカーが強いから。
ところがサッカー部を導ていた先生は移動することになっていて
諒人の世代は4人しか入部せず強豪から弱小へと落ちて行った。
入学間もないある日の事「あいつらクソだ」帰って早々そう言った。
友達が一人もいない中学へ行ったのだからまあ転校生のような扱い、洗礼を受けたのだろう。
少ししてサッカー部の朝練が始まった。
朝練のランニングで圧倒的な力を見せる事になる
流石に2年生や3年生のすべてに勝つことは出来なくてもトップグループに食らいつく力走に苛めは2度と無くなった。
期せずしてここでも親子の朝練が道を開いた形となった。
先輩たちが引退した後は主将となった。
しかしサッカーはお世辞にも上手とは言えない。
愚直に走るだけの選手でごっつぁんゴールの名手であった。
しかし俺はこれを高く評価している。
よくぞ走ってた、よくぞ、よくぞ走ってた。
そう心の中で叫んだことは一度や二度ではなかった。
卒業式、その後の写真では仲間の中央にいる。
当初いじめられた経緯があるとは思えない写真だ
青春時代の仲間たちに感謝